今年もまた水害で人命が奪われた。全集落が水没し、人が死に、先祖伝来の蓄積財産を全て失ってしまった。これが今の時代の出来事である。河川に関することは、計画から企画設計、工事発注、施工管理、竣工検査、運営管理と、全て行政が統括している。そこに民間の入る余地はどこにもない。この全面的な行政主導の管轄下で、地震や津波ならともかく普通の降雨や台風被害に対して、「想定外だった」「自分の命は自分で守れ」「早く逃げろ」と大騒ぎしている。防災を代表するトップの面々が集まって、逃げることに5段階のランクを付けた。技術大国と言われる我が国で、人命と財産を守る一番大切な砦の防衛施設の力がおぼつかないことの現れであり、恥ずかしく情けない実態である。

 降雨は地球誕生以来繰り返されている地球自体の営みである。その他に、地震もあれば津波もあり火山の噴火もある。地球はこうしたエネルギーの放出を続けながらバランスを取り、素晴らしい自然環境を保ち続け、地球上の全ての動植物を育んでいるのである。地球の営みが何も想定外を起こしているのではない。何十億年も同じことを繰り返しているに過ぎない。そうした境遇の中に人間がたまたま地球上の覇者として君臨しているのが今の時代である。

 その人間が想定外だと地球を批判しても始まらない。年々降雨量が増す中にあって、自然が想定外を起こしているのではなく、それを想定して防災構造物を造っている行政機関の予測が外れているのである。たかだか一日の降雨量が500ミリや600ミリ、大人の脛(すね)の高さである。それを想定外だと地球を悪者にしている。また、「今夜は大量の雨が降る予想だから早く避難してくれ」と公共電波を使って逃げることを促す。国民の税金を使って「防災構造物」である堤防を造っておきながら逃げろとは何事か。「今夜は大量の雨が降るから、お家でゆっくりとお休みください。そのために大金を注ぎ込んでしっかりとした堤防を造っています」というのが行政の本来の在り方ではないか。逃げていて解決するものなど何もない。真っ向から立ち向かい、内容を徹底的に精査して、科学的に原理原則で解決するのが地球上の覇者の英知であり技術力である。

 我が国の社会インフラ整備に費やされる建設投資額は平均すると年間約20兆円、その内の防災対策に毎年約3兆円が使われている。また阪神淡路大震災の復興費用は概ね10兆円、東日本大震災の復興費用には47兆円を使い、1960年以降59年間で災害復旧・復興事業に300兆円を大きく超える費用を注ぎ込んでいる。また我が国のGDPに対する公共事業費は平均6%で推移しているが、国土面積等を換算して世界の他国と比較すると、建設投資額は群を抜いて高額である。さらに、あまりにも自然災害が重なる故、この度「国土強靭化計画」なるものを打ち立て数兆円を投入している。この狭隘な我が国の面積に注ぎ込む防災予算は膨大で半端なものではない。また被災した被害総額、復旧費用、失われた人命、精神的・物質的な損害は計り知れない。

 この膨大な予算は全て国民が安全安心を願って国の行政機関に委任している税金である。本来防災構造物は国の財産であり我々国民の財産でもある。しかし既存の防災構造物が有事の時に壊れるから、これだけの膨大な費用が必要なのだ。防災構造物は壊れないことが原則であり、年々延長して造る構造物は本来ならば国と国民の積立貯金にならねばならない。なぜそうなっていないのか。既存の防災構造物が崩壊する要因ははっきりとしている。政令で決められた「土堤原則」を踏襲している既存防災構造物は、「自然の力」には勝てない科学的要因を内包しているからだ。国土強靭化でいくら巨大な費用を注ぎ込んでも、自然の力を受け止める原理を持っていない既存防災構造物の延長線上の構造を踏襲するのであれば、地球上の覇者である人間の学習能力の無さがまた露呈するだけである。

 実は科学に立脚した粘り強い構造物で過去の災害を克服し、実績を持った構造材や工法は既に確立されている。一方、行政内部の思考や構造的な改革が著しく遅れているが故に、毎年悲惨な事故を繰り返している。おそらく紀元前に発想されたであろう「土堤」を今でも崇拝する「土堤原則」、「やったことの無いことはやらない、使ったことの無いものは使わない、前例が無いから受け付けない」、このような「前例主義」をいつまでも踏襲している我が国は、防災後進国の最たるものである。国土面積に対する投入予算やGDPに対する国家予算比率から見た防災構造物に掛ける予算は世界の国々の群を抜いているが、その内情は「造っては壊され、壊れては造り」の繰り返しで、決して防災技術先進国とはいえず、このままでは国家も疲弊し国力も落ちるばかりであり、国土崩壊に至る懸念を抱く。全く新しい考え方の下で、新工法、新素材をただちに取り入れて、全産業の最先端に立ってリードするイノベーションを起こさなくてはならない。筆者は「建設は日々新たなり」の意義と意味を、国と国民に強く問いたい。

台風19号により堤防が決壊し、氾濫した千曲川(長野県長野市穂保)

台風19号により堤防が決壊し、氾濫した千曲川(長野県長野市穂保)
写真:朝日新聞社提供